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とてもうれしいことだが
最も恐れていた事態が迫ってきた

フランス修業時代に出会った友人が
7月から8月にかけて1か月間、日本に来ることが決まった

それは今から20年前
当時まだ慣れぬフランス滞在の初期のころ

仕事先から帰り
あるカフェで偶然知り合ったアイルランドのミュージシャンに
連れられて
そのコンサートに招かれ
はじめてフランス滞在の楽しさを味わった

名も知れぬフランス人の群れの中に飛び込んで
日本でいえばディスコのように盛り上がり
カタコトのフランス語で必死に何かを話し
聞こうとしていた...

中にとても私たち、そして日本の芸術や
歴史に興味津々な2人の若い夫婦が
とても親しげに接してきた

その2人はうちで一緒に住もうとまで言いだし
うそ?本当???

フランス人の友達がどうしても欲しかった
その時期
思い切って飛び込んでみようか?
妻と2人
そして彼らの4人の生活が始まった...

3か月ほど続いたおかげで
フランスの家庭の風景や
都会と田舎の違い
文化やお料理、芸術や仕事、そして政治に至るまで
自然に味わわせてもらうことができた
休みの日には
一緒に旅をし
ポーランドまで行ったこともあった

彼らはデザイナーを仕事とし
日本の広重や北斎など
東海道五十三次の絵画や
その時代の日仏交流のお話をとてもうれしそうに語っていた

何ゆえに私たちをそこまで
愛しお世話してくれたのか
今でもわからないが
津波のときも
特に原発の事故のあとは
フランスへ帰って来いとしつこく迫られた

そんな彼らが20年を過ぎて
日本に来るというのに
私は相変わらず
自分の仕事で精一杯

おまけに家も狭く
彼らを泊めてやるスペースもない

うれしいけど
困惑するのはそのためでした...

でもこれも何らかの
呼びかけだし
変わるきっかけなのではないかな???

そう思い
彼らが安心して滞在できるように
思い切って変わってみよう!

滞在の最後には
シブレットで個展を開きたいそうなので
多くの方に来てもらえるように
最高の演出をして
みんなに喜んでもらえるようにしよう

はてさて
どうなることやら知れないが
できる限りの準備をしよう

お気に入りのアジアンレストランに
連れていこうかな?

シブレットサマーフェスティバル2013
筋書きのないドラマになりそうです...
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いつも
忙しくしていることが普通になってしまっているわたし
忙しくしていることを良しとしているわたし

それって
はたしてどうなんかなあ?

そんなふうに思うことがあります

もともとは
とてものんびり屋で
鈍感なわたしですが

この仕事をしていくうえで
そのじぶんではやっていけない

だから
いつもじぶんを
いましめたり
気合を入れたりしてきました

いつものように
考えなくていいことも考えてみたくなるわたしですので
このことも
考えつづけています

静と動

忙しく動いていることは動
立ち止まってみることは静

きっとどちらも必要なのだと思う

でも
全く真逆な2つ

血管でも
動脈と静脈があるけれど...

わたしの友人で
ヨガの先生がいるけれど
ちょっと聞いてみよっか

また新たな発見があるかもしれない

人間はなぜ懸命になることに惹かれるのか?
人間はなぜ静寂の世界に惹かれるのか?

むずかしいねえ...
わかんねえ...

なんで
がんばったり
静まったり
するんだろう

まっ
しばらく考えてみよう...

お店に20年前の写真が掲げられています
フランスでの修業時代の写真です

カラーじゃないので
今とあまり変わらない感じに見えますが
こんな時代もあって
ずいぶん若かったんだなあ...
と、
自分の初々しさに
うらやましくなってしまい
しばし、ながめてしまいます

今のほうが
いろんな面で
充実しているし
物事を深く感じ、行動することもできるようになっていると思うので
その面では、過去に戻りたいとかはあまり思いません

けれども
こんなあどけない
あまり物事を深く考えず
周りから自然に守られ愛されていた時期があったことを
ありがたく、
ちょっぴり恥ずかしく思うのです

何も考えなくても歩んでいけた
出会いを用意されていた
友達に恵まれていた
妻もまだ22歳だった
若くてぴちぴちしていた(笑)

そんな20代の自分を振り返り
涙が出るくらい

そのときに
そのことの
ありがたさを感じるようなことはほぼなかっただろうことを今思いながら
きっと
この今も
20年先の自分から見たら

ああ
40代のころは本当によかったなあ...
と、しみじみ
そして
しまった!
もっと
いろんなこと挑戦すればよかった
もっと
ご縁の方と深く出会えばよかった
もっと
1日1日大切に生きればよかった...



思うに違いない

そして
更に今思う
今浮かぶ...

あの20代のころのように
先をあまり考えずに
無邪気に
無垢に
今を生きたいと思う

妻との出会いも
仲間との出会いも
家族との出会いも
お客様との出会いも
もっと大切にしたいと思う

いま生きている
いま生かされている
いま呼吸をしている

過去には戻れないのはみんな同じ

であればこそ

今を忘れるくらい
我を忘れるくらい
熱中してありたい

お料理を中心に
そこから
人生が広がり続けることを...

震災から2年

やはりというか
残念というか

被災地、被災者と
そうでない我々

だんだんと遠ざかる...

取り残される人びと
鈍感な我々

このままではいけないと思う

政治家にそれを求めるのは
もう違うかもしれない

日本人として
津波を見たものとして
原発からエネルギーをもらっている者として

何でもいいからさせていただきたい

何かできる仕組みがほしい...

今日も少し
むずかしい話になるかもしれない...

あと1年半もすれば
50の大台に乗る
まさかこの自分が50の鐘の音を聞くことになるなんて...

いよいよ
避けられないところに差し迫ってきたんだ

そんな悲観的な想いをしばしば浮かべる吾輩ですが
ふと!
いつものふと!

想いが横切る...

もしや何かを作っているのか?

この年になると
いつかは終わる我が人生を想い
1日1日
削られていくように感じてしまう

そのように発想するのは
時間が失われるものと感じていること

けれども
実際はどうか?

実際は
何かを作っているんじゃないか
何かを仕上げているんじゃないか
何かを完成させようとしているんじゃないか...


スポーツの世界では
肉体の向上
技術の進化
記録の目標達成に向けて
自分をどこまでも磨いてゆく

けれどもせっかく
高いレベルに引き上げることができても
年齢とともに
その力や記録は
日々衰えてゆく

しかし
そのことを通して磨かれた内側は
消えない!

その磨かれたものは何か?

それは精神
それは魂

では
精神、魂を磨いて何をするのか
何のためにそんなものを磨くのか?

ここから先は
言葉にしてしまうと
本当のことが伝わらない気がする...

もう1度
冒頭に戻ろう

自分たちは
何かを作ろうとしているのではないか???

1日1日削られてゆくことを憂うのではなく

1日1日何かを削り彫刻を彫っているのではないか?

我が人生における
オリジナルな
仏像のような
美しく
凛々しい

そして

ところどころ
削りすぎて
いびつな形の
仏像だけれど

それでも

一生懸命
彫って彫って彫って...

きっとそうなんだと思う!
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Author:yoshi et yuki
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